ふわふわ雑記

映画とかなんかテキトーなブログのようなもの?

達成感について

バイトの面接に行きました。コンビニなので塾とイベント設営しかやったことのない私には未知の世界なので、レジとか。とても不安に思っています。

それはそうと、今日はカウンセリングの日であったのですが、あまり実りの多いものとはならなくて少し残念に思っています。

それは何故かと言うと私は少しやんでいたのと特に生活に変化が起きなかったからです。

達成感の話になりました。自分はダメだ。何も成し遂げたことがない。受験や、大学の勉強。

そう言うと自分の達成感というものは役に立ったり人の役に立つようなことを指しているのではないだろうか。自分の決めたことを成し遂げるということは例えば、映画をみて感想を言うことや、本を決めて読むことも同じだと。

私はなるほどと思いある結論へ至りました。

自分は達成感を感じにくい人間であること。それと、役に立つことや、誇示できることにコンプレックスのような感情を持っているということです。この場合大学が大きなキャパを占めていると思います。自分は自称進学校でありますが割といいところに行っていたにも関わらず、大学は名前を聞いても知らないという人が多い学校です。そこまで偏差値は低くないですが・・・

その話になってから自分は受験期鬱に近しい状態であったのでというのはただの言い訳にしかならないのではないだろうかとなったわけです。私がそう言うと先生は

それは違うと言ってくれました。過去は変えられず、過去の捉え方を変えていきたいといったのは私だと。私が過去にそんな良いことを言っていたとは忘れていました。

鬱であった。その為受験は失敗した。そう認めないと先へ進むことはできないと感じました。

映画の話を書こうと思いましたが、今は元気が無いのでやめときます。

「フェリスはある朝突然に」はとりあえず面白いです。

休み

休みというものは人の心を病ませるものだ。

私は鬱であったように思う。それは、診察をしてもらったわけではないので「ように」という表現を使うのだが、自分が鬱であったかどうかはさして問題ではない。鬱にかなり近しい状態であったのは真であるからだ。世の中ではどうか知らないが、鬱は治りはしないものだと思う。寛解という状態があるだけだ。つかぬ間の平穏。それを永久のものだと勘違いしてはいけない。

気を張っていないとそれは忍び寄ってくる。今もすぐそこに。

大学生の休みというのは人と話すことがなくなるということも有るが、日々のルーティーンから解放されることが大きいように思う。漫画家が締め切りがないと描けないのと同じ。ぴん。ともはっていない糸が切られたのだ。後はだらりと重力に引かれるだけ。

何が言いたいのかというと怠惰な生活を送りやりたいこともやれずにいる最低最悪の精神状態にあるということだ。あれこれやろうと思うが何一つ成し遂げたことははない、スシの画像を思い出す。

まあいい。これから働くのでいくらかは精神状態も落ち着くし週1のカウンセリングも行っている。そうなれば自分のやりたいこともいくらかできることだろう。

休みは怖い の話でした。

それはともあれ、今日はバードマンの話です。バードマンは2015年のアカデミー賞を受賞した作品です。詳しく知りたいのなら他のサイトで説明されていますのでそちらへどうぞ。何回かみているのですがネットフリックスで配信され始めたようなのでそちらでみました。実はbdも持っているのですが先輩に貸して返してもらっていません。

内容としては落ちぶれた映画スターが再起をかけて舞台に臨む話ですが何よりエドワード・ノートンが出ています。真実の行方。アメリカンヒストリーxファイトクラブくらいしかみていませんがすごい俳優だなあと常々思っています。

この映画も延々言い合うんですね。特に好きなシーンはマイケル・キートンエドワード・ノートンに嘘をいうところです。自分の父親はアル中で虐待された。自分は耐えることができたが、妹は...。なーんてことをリーガンはマイクに虚仮にされたと思ってやり返すんですね。そしてそれが嘘だと言われたマイクは当然怒ります。リーガンはそれに応じ「やるか?」といい、二人は取っ組み合いになります。子供みたいで面白い。

ラスト自分を銃で撃つのですが、ここも好きです。自分を撃つというと色々ありますが私は「ファイトクラブ」「アーティスト」を思い出します。ラストやそれに続く心情の変化などは色々解釈も有るでしょうし。

色々書きたいことはありますが、また書きます。

バレン/タイン

今日はバレンタインデイです。

わたしは渡すことも貰うこともなさそうですが。バレンタインデイが元々はなんとかの日だったとか博識な人は書くのでしょうね。わたしもそんなことが書けるほどの頭があれば良かったのですが。生憎、血のバレンタイン事件ぐらいしかわたしは存じていませんので頭の良い記事はそちらの方に任せるとします。

今日は特に書くこともないので日記にします。

 

 昨日(今にかけて)、友達がわたしの家に来て一緒に鍋をやりました。お酒の力は偉大です。いろんな話ができてそれをお酒のせいにできるのですから。もうすでにお酒も入りさあさあお鍋だとなりましたが、そこで私達は映画を見ましょうとのことになりました。恥ずかしながら、私のトークスキルというものはもう目も当てられないものです。とても。模範的な大学生のような色恋沙汰などには疎いものですから仕様がないと言えば仕様がないのですがどうにかレベルを上げたいものです。皆さんはどこでそのようなスキルを磨くのでしょうか。トークスキルの上がるメタルスライムなるものがあれば良いのになぁと思う今日この頃。...話がずれましたね。

 

私はストリーミングサービスというのでしょうか、NetflixやHulu(これは先週騙されて再開しました。ベアグリルスが見られるとおもったのです。)、アマゾンプライムなどを契約しているので大体の見たい映画は見ることができるだろうと踏んでいました。そうして、Netflixを眺めているとある映画が目に留まりました。

  「シャークネード4」!?

 ……なんとシャークネードの4作目のシャークネード4です。なんと、あの悪名高いシャークネードに続編が、それも4まで出ているのか。そうおもった私は、これ見るしかないのではないだろうか、初見の重たい話を見るより、阿呆な、もとい軽い映画を酒の席では見るべきだろう。とまあいろいろな考えが浮かびました。そして、お肉は食べられていました。

 ええ、見ました。面白かったです。友達にも概ね好評でした。しかし、内容をレビューしろと言われてもうまく思い出せません。お酒のせいなのかそれとも…まあいいでしょう。シャークネード特有の?サメの腹を裂くシーン。私は1のラストぐらいしか見たことがないのでそれが特有ものなのかどうかは判断つきかねますが、進化したと断言できます。その他のシュールなことこの上ない場面場面はお酒の席で、友達とツッコミを入れながら見るのにとてもよいものだと思います。ちなみに評価は星1でした。

 

 まあ、この映画についてはもういいでしょう。そのほか見た映画はロックストックトゥースモーキングバレルズ、スナッチ。あとファイトクラブです。そのほかちらほら見てた気がしますが。なぜそれらをレビューしないのかと言われたら有名作品はもうレビューしなくても良いでしょうとの判断です。ちなみに、ガイリッチー監督作品のキングアーサーがやるみたいなのでそちらもオススメです。

 実は、今酔いながらノートpcの電源を探していたら、心理学の本やメンタリストの本が出てきたので前回本を紹介できなかった分次回あたりにやります。

 今寝ていないのに、風呂に入りiPhoneで記事書いていて9時半から沈黙を見に行くんですよ。頭おかしいと思いますが、もう留学に行ってしまう友達のために旅立ってきます。 旅と言えば、いつかモロッコに行った時のことを書こうと思います。

ではでは (改行やその他文章の校正は明日やりますが公開しときます。)

今日の日記

 今日コミ/ティアにいこうと思ったのですが、睡魔に勝てず行くことができませんでした。存在を知ったのが昨日の深夜なのでしょうがないね。

 コミ/ティアではオリジナルの創作物限定らしく美麗なイラストを描く人もいらっしゃれば、小説やグッズなど作る人もいます。Twitterなどで検索すれば色んな人を知ることができますよ。情報社会はすごいですね。

 ええ、そうして午後に起きた私は映画を見に行こうとしたんですがこれまた断念。面倒臭さには誰も勝つことができません。休み中の大学生なんてこんなものです。そこら辺にブログやってるプラグラマー大学生とか世界一周とかしてる大学生の方がおかしいんですよ。まあ、向上心のある人というのは良いと思います。色んな人と知り合うのはインスピレーションを与え合うし、人は友達5人の平均になるとかなんとか。以上、友達は選びましょうの話でした。

 今回は「メンタリスト」の話です。ドラマ「メンタリスト」は2008年に始まり、二年前の2015年に終了しました。僕は高校生の頃に出会いファンになりました。主人公パトリック・ジェーンが数々の難事件を解き、仇敵のレッド・ジョンと対決していくのです。

 魅力は主人公ジェーンとレッドジョンによるところが大きいと私は思います。パトリックはメンタリストです。過去は霊能力者として有名であったのですが、失言がもとで家族をレッドジョンに殺されてしまいます。それから彼は復讐するために警察に協力します。

 彼は実に見事な方法で犯人を見つけ出します。上司のリズボンの言うことに従わないなんてのは序の口。犯罪スレスレ、ときには犯罪を犯してでも犯人を見つけ出す。それがレッドジョンであればなおさら。

 さらに彼のキャラクターも魅力です。飄々としてたいしたことないことはうまく受け流す。しかし、決めるところは決める。しびれます。

 レッドジョンの魅力は何と言っても連続殺人犯であることです。何人もの人間を殺し、事件現場にはスマイルマーク。個人的に思うのは、大量殺人より連続殺人のほうが魅力的に思います。 

大量殺人は誰にもできますが連続殺人は違う。誰にもできない。そこが魅力だ。多くの人間を恐怖に陥れる。捕まえようとしても手が届いたと思っても1歩2歩先を行くレッドジョンのエピソードはかなり刺激的です。

 これを書いている今は「ホワイトカラー」をみてますが、こちらもおすすめです。

ではでは

ファイトクラブについて

ええ。ファイトクラブについて書いてあるブログなんかが少ない気がしましたので、書くことにします。

映画のあらすじなんかは説明しなくてもよいでしょう。ぶっちゃけレビューも伊藤計劃さんのを読めばよいのですがね。それか宇多丸

 あの映画の良いところは、ストーリーではないように感じます。ファイトの雰囲気、自己破壊による魂の喜び。作品らが世に出た90年代より、現代の人たちのほうが重みを感じられると思います。ぶっちゃけて言うとまあそれだけなんですよね。この作品をほめる人というのはたぶん2種類に分けられます。

 一つ目はは作品として光の演出が良かったことやエドワードノートンの演技が良かった。タイラーが最後頭を丸めているのは軍隊を作ったからか「アメリカンヒストリーX」のオマージュだとか、トラヴィスは「タクシードライバー」からだしルパートも…

てな感じで映画として評価している人です。

 二つ目は感化されてファイトクラブを作ったり、石鹸つくりをしてみたとか、ジムに行っている友達に自己改善なんてマスターベーションだ。男なら自己破壊を。などと言って嫌われたりする。もちろん私のことではない。そこまでいかなくても、タイラーの思想に近くなる人もいるだろう。この大量消費の社会に嫌気がさして自分だけは違うと心の中で思っている。この映画を見るたびにそう思う。実際はとるに足らない一人の人間であるけれど。

 

 とまあ、書きましたがファイトクラブ自体かなり好き嫌いが別れる作品であると思います。友達何人かに勧めましたが、セッションと似てるだのよくわからなかったなどの感想をもらいました。悲しいです。

 

 ここで個人的な感想を。

 私が好きなシーンが幾つかあります。まずは、タイラーと酒を飲むシーンから初めて殴り合うシーン。こんな友達が欲しかった…。

 次に手の甲を焼く場面。あの言い合い緊迫のシーン。思い返してみると私は切羽詰まって言い合うという展開が好きなようです。バードマンや、パルプフィクションみたく。

 次は、コンビニの店員のレイモンドを銃で脅す場面。タイラーは銃を突きつけこう言います。「レイモンド、お前は何がやりたかったんだ。」

誰かが啓蒙していると言っていましたがまさに啓蒙でしょう。誰かが、自分にやってほしいとさえ思います。果たして自分のやりたいことは…

 

 次にプロジェクト・メイヘムに主人公が誘われずいじける場面。自分が作ったファイトクラブが次の段階へ移行し始めそれに乗り遅れます。彼は仲間から自分を蔑ろにされたことに憤りを覚える。父親に捨てられた彼はそれに対し大げさなほど反応します。ファイトでエンジェルフェイスを過剰に攻撃。まあ彼(ジャレッド・レト)を見るとスーサイドスクワッドを思い出すようになったので、当初よりは同情の心が薄れましたが。

 ファイトクラブは暴力賛歌だと言う人もいますが、あの場面誰ひとりとして嬉々としていません。目の前の惨状をみて目をそらすものもいます。チャック・パラニュークデヴィッド・フィンチャーも暴力を否定しているのです。

ファイトというのは相手の拳を使い、自分を傷つける自己破壊をしているだけなのです。もちろんファイトすら必要でない人もいるでしょうね。

 そしてもちろんラスト。「僕の目は開いている」そういった主人公は彼でもタイラーでもない一つ次元を超えた存在になっているでしょう。というか、ラストはかなり意見が別れるところですよね。暗転する時にビルが崩れたとか言う人がいますが私は彼は生きていると思います。これについて書くと長くなるので割愛しますが。

あのシーンはとても美しい。pixiesのwhere is my mindの前奏が聞こえはじめビルの爆破。それをバックに手をつなぐ二人。こう書くと死んだほうがきれいですね。でも私は認めませんよ。認めませんからね。

小説も良かったですが、映画もかなり良かったですよ。みてない人はこれ読んでないと思いますがおすすめです。

 明日も映画のこと書くと思います。

ブログ開設にあたり

 当然ですが、ブログを始めました。これが最初の記事となります。

なので、自分の自己紹介から始めるのが良いと思うのでそうします。

私の名前ですが…誰も見やしないので本名を書いてもさして問題がないように思うのですが、ここは情報化社会の大きな渦の中。何がきっかけでばれるやもしれません。恥ずかしい内容を書いていることがばれたらきっと、夜な夜な枕に顔をうずめて呻くのが日課になることでしょう。

 なので、私はトナカイと名乗ることにします。昔、そうあだ名で呼ばれクリスマスになると「赤鼻のトナカイ」など歌われ中学生であった私は、言い返せることもなく涙目になっていることを隠すためにうつむくことしかできませんでした。僕にとっては調子に乗らないように戒めの名でもあるわけです。

 ほかのステータスは特に何か抜きんでたものはありません。それにまだ大学生ですし、まだ。まだセーフ。正直ネットのことなんて全然わからないので、全然知りません!まあね、やってけば覚えるでしょ。

 あと書くことといえば、理由ですね。結果があれば原因がある。何かをするにあたるにその動機となるものが自然とあるものです。この国民総スマホ所持とも呼べる程世界が変わった今、SNSが流行り皆が発信者とも呼べる。なぜ乗り遅れたうえで、ブログを開設するのかということです。

 私は、死のうとしていたんですが、やはりやめようということになってそうであるならば生きるとは何なのかと思ったのです。それまで日々を無為に過ごしていた私ですが、これは死んでいないだけで生きているとは言えないのだろうと考えました。生きるとは何か。多くの人が一度は考えると思います。書きたいことはいろいろありますが、あえて一言でいうならば、自分のやりたいことをする という言葉がなかなかよく表しているように思います。

 そして私は自分のやりたいことを考えました。小説を書くことであったり、映画を見ること、心理学や哲学を勉強すること、楽しく過ごすこと。などが挙げられました。

 そこではブログをすることは考えておりませんでしたが、映画が好きなのでレビューみたいなものをしようと思っていました。正直、映画好きを自負するほど映画に詳しくも知能もありませんがね…。ええ、今はフィルマークスなるものもいろいろあるので皆が発信者と言えますが、ブログとは違うのかなー、と考えたからです。つまり、なんとなくです。自分はここに生きているということを誰かに知ってもらいたいからかな。

書いてく内容はたぶん、映画のこと、日々の思ったこと、心理学のことです。

まあ何となくやっていくので。たぶん書かなくなることはないと思います。

よろしくお願いします。