ふわふわ雑記

映画とかなんかテキトーなブログのようなもの?

ファイトクラブについて

ええ。ファイトクラブについて書いてあるブログなんかが少ない気がしましたので、書くことにします。

映画のあらすじなんかは説明しなくてもよいでしょう。ぶっちゃけレビューも伊藤計劃さんのを読めばよいのですがね。それか宇多丸

 あの映画の良いところは、ストーリーではないように感じます。ファイトの雰囲気、自己破壊による魂の喜び。作品らが世に出た90年代より、現代の人たちのほうが重みを感じられると思います。ぶっちゃけて言うとまあそれだけなんですよね。この作品をほめる人というのはたぶん2種類に分けられます。

 一つ目はは作品として光の演出が良かったことやエドワードノートンの演技が良かった。タイラーが最後頭を丸めているのは軍隊を作ったからか「アメリカンヒストリーX」のオマージュだとか、トラヴィスは「タクシードライバー」からだしルパートも…

てな感じで映画として評価している人です。

 二つ目は感化されてファイトクラブを作ったり、石鹸つくりをしてみたとか、ジムに行っている友達に自己改善なんてマスターベーションだ。男なら自己破壊を。などと言って嫌われたりする。もちろん私のことではない。そこまでいかなくても、タイラーの思想に近くなる人もいるだろう。この大量消費の社会に嫌気がさして自分だけは違うと心の中で思っている。この映画を見るたびにそう思う。実際はとるに足らない一人の人間であるけれど。

 

 とまあ、書きましたがファイトクラブ自体かなり好き嫌いが別れる作品であると思います。友達何人かに勧めましたが、セッションと似てるだのよくわからなかったなどの感想をもらいました。悲しいです。

 

 ここで個人的な感想を。

 私が好きなシーンが幾つかあります。まずは、タイラーと酒を飲むシーンから初めて殴り合うシーン。こんな友達が欲しかった…。

 次に手の甲を焼く場面。あの言い合い緊迫のシーン。思い返してみると私は切羽詰まって言い合うという展開が好きなようです。バードマンや、パルプフィクションみたく。

 次は、コンビニの店員のレイモンドを銃で脅す場面。タイラーは銃を突きつけこう言います。「レイモンド、お前は何がやりたかったんだ。」

誰かが啓蒙していると言っていましたがまさに啓蒙でしょう。誰かが、自分にやってほしいとさえ思います。果たして自分のやりたいことは…

 

 次にプロジェクト・メイヘムに主人公が誘われずいじける場面。自分が作ったファイトクラブが次の段階へ移行し始めそれに乗り遅れます。彼は仲間から自分を蔑ろにされたことに憤りを覚える。父親に捨てられた彼はそれに対し大げさなほど反応します。ファイトでエンジェルフェイスを過剰に攻撃。まあ彼(ジャレッド・レト)を見るとスーサイドスクワッドを思い出すようになったので、当初よりは同情の心が薄れましたが。

 ファイトクラブは暴力賛歌だと言う人もいますが、あの場面誰ひとりとして嬉々としていません。目の前の惨状をみて目をそらすものもいます。チャック・パラニュークデヴィッド・フィンチャーも暴力を否定しているのです。

ファイトというのは相手の拳を使い、自分を傷つける自己破壊をしているだけなのです。もちろんファイトすら必要でない人もいるでしょうね。

 そしてもちろんラスト。「僕の目は開いている」そういった主人公は彼でもタイラーでもない一つ次元を超えた存在になっているでしょう。というか、ラストはかなり意見が別れるところですよね。暗転する時にビルが崩れたとか言う人がいますが私は彼は生きていると思います。これについて書くと長くなるので割愛しますが。

あのシーンはとても美しい。pixiesのwhere is my mindの前奏が聞こえはじめビルの爆破。それをバックに手をつなぐ二人。こう書くと死んだほうがきれいですね。でも私は認めませんよ。認めませんからね。

小説も良かったですが、映画もかなり良かったですよ。みてない人はこれ読んでないと思いますがおすすめです。

 明日も映画のこと書くと思います。