ふわふわ雑記

映画とかなんかテキトーなブログのようなもの?

世界

僕は人格破綻しかけている人間だと思います。大体は普通の人間です。しかし、なんらかの考えで普通を逸脱することがあります。僕はそれは特に異常だと思ってはいません。何故ならある程度のおかしさというのは個性という枠に収まる程度なのだという認識があるからです。

 

僕はこの世界があまり好きではありません。原因はなんなのかは今となっては何が僕に影響をもたらしたのかそれを知ることはできないでしょう。

少なくとも私が生きている世界というのは自己責任の世界です。何が起きても自己責任。事故を起こそうが、単位を落とそうが就職出来なかろうが、合格しなかろうが自己責任なのです。僕はこの自己責任という言葉を嫌います。それは法律と同じように、それを決めた人への利益になっているだろうからです。

そりゃあ自己責任だろうと考えている人も想像してみてください。自分で生まれてくるわけでもなく、生まれる場所、時間は当たり前に、遺伝子さえも勝手に決められて生まれてくるのです。そこにどこにも自己というものは介在していません。むしろ結果こそが自己です。結果にどうこういうのは可哀想ではないですか。

そうして生み出されたものというのは長い期間を経て自己というものを作り出します。

この自己というのも遺伝子、また環境というのがとても影響を及ぼします。環境というのは、家庭環境。親が健在なのか片親なのか、親はどんな思想を持っているのか、どういう子育てをするのか。ということです。またその地域の環境というのも含められます。どういう文化で、どんな場所なのか田舎なのか都会なのか。治安がいいのか悪いのか。運というのもここに言い含められるかと思います。

遺伝子とはそのまま自分の形状を作成するためのマップです。顔の作りだとか背だとかそんなこと。大したことのないように思うが遺伝子が一番タチが悪い。というのも顔や体だけではなく精神やはたまた運命まで決められるのかもしれません。

今書いたこれらが全て自分の意思により決めることができないのです。

なのに自己責任と言われます。おかしいですよ。本当に。

その原因、何故そういうようになってしまったのか。はわかりませんが、何故いうのかはわかります。ただ言葉にしにくい。言ったところで何も変わらないというのが悲しい

ディストピアにいるのに、それを認識していない。ただ、僕はコメディアンになるしかなかった。