ふわふわ雑記

映画とかなんかテキトーなブログのようなもの?

ニュートラルな思考

死がまとわりついている人間というのは、思うより少なくない。

本来は生きたいという思考であるのに、何故ここまで些細なことが死にたいにつながるのだろうか。

ある本では自殺について、カウンセリングを通して、自殺は何かにより強いられた死であるという感じがしてならない。という記述があった。

それであれば今現在私を自殺に結びつけるなにか文法があるはずだ。でなければ何かが起きて、それで死にたいという結果を生み出すはずがない。

 

それは一体何か。私を死に誘おうとしているもの。それは、嫉妬、罪悪感、そういうものかもしれない。

ただ知らない。ということかも知れない。無知が沸き起こった黒い塊を死へと向かわせるのではないか。

自分の取れる選択肢。きっと幾多にも及ぶのだろうが、愚かな私にはそれが見えない。だから死が先に来る。

 

未成熟な人間の特徴は、ことにあたって高貴な死を選ぼうとする点にある。
これに反して成熟した人間の特徴は、ことにあたって卑屈な生を選ぼうとする点にある。

 

つまり足掻くことなく死のうという考えが先に来てしまっている。自殺者が3万人切ったとか切ってないとか。WHOの基準で言えば10万越えだそうですが、何にせよ、生きにくい世界です。