ふわふわ雑記

映画とかなんかテキトーなブログのようなもの?

ファイトクラブ パンフレット

一年前くらいに神保町をぶらぶらしていたとき、ファイトクラブのパンフレットを見つけた。自分の部活がある知った人から大量のパンフレット入手捨てるところがないごみを引き取っただけじゃ・・・した時以外どの店でも見ないので貴重かなと思い書き写すことにした書くことがないだけだろ

 

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エドワードノートン

「ひと言でいえばメタファーだ。今までの映画とは全く違う。作品を選ぶときに自分が前にも見たような映画かどうかを重要視するんだ。この作品は、僕が全く見たことない映画だし、だれも見たことのない映画だよ。

 「ファイトクラブ」には、世代のエネルギー、抗議のエネルギーがある。僕たちの世代を象徴するものは、そのほとんどがベビーブームの世代の人々によって既に行われてきた。だから、彼らは僕たちに目もくれないのさ。スラッカー(怠け者)と呼んだり、いわゆるジェネレーションXの考え方をしり込みとか消極主義と簡単に片づけてしまう。僕たちは、目的のない空虚感ばかりではなく、根の深い懐疑心も抱いている。 情報と技術の洪水の中で怠けているのではなく、何でもシニカルに構えてしまい、絶望感や麻痺すら感じているんだ。親の世代に比べ、僕たちははるかに若い年齢で多くの知識を与えられてしまった。 脚本を渡した僕の友人は全員口を揃えて「そう!まさにこれこそ俺たちだよ!」と共感してくれた。僕も、これまでのどの出演作よりも自分自身の経験を直接演技に反映させた。

 僕たちの世代でこの映画を作れる者はフィンチャー以外にいないと思う。ストーリーテリングの手法や作品の意図を深く理解して、さらに技術的なことや最新のCGIを同じくらい把握しているのは彼だけだ。ピットのことはいくら褒めても褒め足らないよ。タイラーの邪悪な面に人を引き付ける誘惑的な魅力をプラスした彼の演技カには非常に感心している」。

 

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ブラッドピッド

「僕は毎週新しい脚本を読むけれど、しばらくすると同じようなものばかりを見て、同じような声を聞くようになるんだ。ところが、突然どこからともなくある声が聞こえてきた。それがチャック・ポーラニック(原作者)だった。「ファイト・クラブ」には「セブン・イヤーズ・イン・チベット」に共通するものがある。求める姿勢が正反対でもどちらも同じように啓発とか悟りの探求を描いている。自分自身を捕らえて鎖につなぎ止めているもの、社会の罠からの逃避、そして何事に対しても恐れを持たないこと。「ファイト・クラブ」は我々の文化への愚弄と虫ずが走るほど嫌いなのにむりやり押し付けられたものへの応答なんだ。

 作品が公開されれば道徳云々という論争に確実に捕まるだろう。さぞかしコテンパンに叩かれるだろうね。でも、芸術が人を楽しませるには時代を反映していなくてはならないんだ。我々はもうあどけない時代に生きているわけでは決してない。50年代とは違うからね。教師は必ずしも学問を教えるわけではなく、弁護士がみんな正義を守っているとは限らないことを僕たちは知っている。医者だって治療もせずに患者と寝る連中がいる。実の子供を相手に性的虐待する親だっている時代だ。でも、これらは必ずしも人間の闇の行為ではない。まぎれもない、現代の現実なんだ。これが今の社会なんだよ。

 今回は僕の従来のイメージ、つまり僕にとってのお荷物が功を奏した。現時点では、観客はスーパーマーケットに行ってどの棚に行けば僕を見つけることができるか分かった気でいる。僕もすごくそれを感じるんだ。そこで、この作品ではその期待感を完璧に裏切った。そのことにすごく開放感を感じているよ」。